打ちっぱなしに行ってきた ~完結編~
目線を下にやると止まったボール。
こいつにベクトルを与えてやる。なるべく大きなちからで。
するとこいつはぶっ飛んで瞬く間に見えなくなる。
よし。よし。大体のイメージは出来た。
イメージを具現化するために素振りなんかしてみる。
手にはアイアンとおぼしきクラブを握って。
さあ。とボールにそっとクラブを添わすと、
ん、あっれ??
アイアンのフェースが背を向いているではありませんか?!
ーやっちまった・・。これ左用じゃん・・。恥ずっ
こてこての右利きなのに左利きのクラブ握って
素振りしている奴がいたんですよ。
ーやっちまったな~。クールポコだったら何て言うでしょう?
男は黙って打て!でしょうか・・・黙って杵!でしょうか・・・。
などど、恥ずかしさを誤魔化しつつ、
何もなかったようクラブを取り替えます。アイアンらしきものからドライバーへ。
そして確認。大丈夫、今度はしっかり右利き用。
華麗なスタートダッシュのはずが、いきなりのつまづき転倒。
いつもそう。俺の人生こんなもの。
ドライバーで取り返すぞ。と意気込みは十分ですが、
不安も十分です。なにせドライバー握るのは初めて。
初心者にはアイアンだね。と正解か否かもわからない先輩の言葉で
アイアンしか使ったことがなかったのです。
が、今更、アイアン拝借しに戻るに戻れません。
打席には財布やらスマホやらでしっかり陣取ってしまっていて
動けません。
いつもそう。しがらみだらけの俺の人生。
と、めんどくさがり屋は片付けを放棄し、
今度はドライバーに望みを託すとします。
スタンスはこのくらい?握り方はこうって、膝は・・肩は・・。
と正解はよく分からんケド、それっぽい形になるようにやってみます。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ
固い。油切れたロボットかの如く固い。
もっと脱力だよ。もっと力抜いて。自分に言い聞かせるも
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ
やっぱり固い。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・ドふっ!ー
ピュンと跳ねて、ころころ~っと転がるボール。
ええ。ダフった。
よし。ダフった。恥ずかしいがダフったぞ。
ダフったもののボールは転がった。ベクトルは生じた。
残球もまだまだある。
そのうち思い出すと。
が、甘かった。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・ドふっ!ー
ころころ~っ。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・ドふっ!ー
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・ドふっ!ー
ころころ~っ。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・スカっ!ー
微動だにしないボール。空を切るクラブ。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・ドふっ!ー
申し訳程度に転がるボール。
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・スカっ!ー
ーギギギギギ、ギギギ、ギギギギ・・・・・・ドふっ!ー
スカっ!ドふっ!スカっ!ドふっ!・・・・・。
おっかしいぞ?! こんなに難かった?! 俺こんな下手だった?!
変な汗をかく。無駄に力が入っているから余計に。
ちょっと冷静に、と足元を見れば
何やら無数の黒いゴミ?が散らばっている。
ん?なんだ?と思うと同時、嫌な予感、
左手を見る。
あっちゃ~・・・。
左手に装着した10数年以上前のゴルフ手袋の人工皮革が
ぼろぼろと剥がれ落ちている。化石のような手袋では無くて、まさに化石そのものだった。
クラブを振ればダフリに空振り、手を見ればそこには化石。
完全にやってしまった。完全に場違いなところに来てしまった。
初心者ならまだしも、化石を装備した初心者じゃ訳が分からん。理解不能だし単なる不審者だ。
日本広しと言えど、こうやってゴミ箱の前にしゃがりこんで、ボロボロ、ボロボロと手袋の皮剥きしているゴルファーが居ようか。
情けないやら、恥ずかしいやらで帰りたくなるが、まだ100球以上残っている。
ふと、インナー竹原を思い出す。“…100球で勝負じゃ” 言っていた。
そうなのだ。まだ勝負は始まってすらいないのだ。
再度打席につくと、いくぶん気が楽になっている。
化石を装備した初心者がいる。もう周りの理解はそうなっているはずだ。
ダフろうが空振ろうが、気にしたことではない。
だってド素人なんだから。
黒い物体で散らかっていたって平気。
だって化石装着してるんですから。
だが、体はそうは行かない。
依然ロボットのようにーギギギギギーと音をたてる。そして、それに従うように
ボールも軌道を上げない。
ドライバーでもパターでも一緒じゃね?ってぐらい飛ばない。
スカっとしない。
そしてありえない事が起こる。
ボールが後ろに飛んだ。
完全に力学を無視したことが起こったのだ。
ええええ。なんでそうなるの・・。と唖然としたが前方へのベクトルを加えようと
振り下ろした力は打席間を仕切るネットにぶつかり、後ろに飛んで行った。そして今
コーン、コン、コン、と後ろで力なく弾んでいる。
恥! 恥! 恥! 恥っずっ! さすがにこれは恥ずかしい!
と同時に 危! 危! 危! 誰にも当たらなくて良かった~ε-(´∀`*)ホッ。である。
そそくさとボールを拾いに行くついでに帰ってしまいたい。
が、今帰ってまた次来るのだろうか?とも考える。
なにせ手袋は化石ゆえ、ゴミ箱行きは決定。
ここにこうしていることの原因もこの手袋を偶然発掘したからだ。
その手袋を捨て新たな手袋を買う?…買わないな。
じゃ残球どうすんの?ドブに捨てる?…勿体ないなそれは。
貧乏根性強し、恥に勝利し打席に戻る。
化石を装備した初心者は危ない球を打つ。周囲の理解はこう変わっただろう。
危険人物となった今や長居はしてられない。
幸い体も心も疲れてきた、残球消化マシーンと化そう。と
次の瞬間 …ッパキューン…!
小気味いい音をたてボールが飛んで行った。
手応え。今日初めての手応え。
これだよ!これ、これ!!
化石が新品だった時に味わった手応え。10数年ぶりの手応え。
ようやく体が順応したのか、思い出したのかボールは高く飛んだ。
ジムのトレーナーは言った
“オハマさん、とにかく脱力ですよ。オハマさんは
パンチ打つぞ打つぞって、ぐっと力が入ってます。
パンチに力は不要ですよ。0の力でパンチを出して当たる瞬間に100%で”
競技こそ違えども、『力まない』ってのは重要かもしれません。
そして、それは生きることにも通じているかもしれません。
スタートダッシュ決めようと思えば、その時すでに力んでいるのかも知れないし、
自分はこう!と意固地になっていれば、周りはそれを邪魔するしがらみに、感じるのかも知れません。
最後の一球、力まないで、けれども、力を込めて。
…ッパキューン…!天高く飛んで行きます。
が、スライスです。
ゴルフの面白さはここかも。
ド素人の感想です。
帰路の最中、先輩を思い出す。
どうしてるかな?元気かな?
そして、アイアン推しの本当のところを聞きたいな。
おわり